もし、夢を自由自在に操ることができたら、一体どんな人生になるでしょう。
夢次第で人生は変わるでしょうか?
あくまで夢は夢。
現実の人生には影響はないのでしょうか?
今回の記事は夢の研究家の一人と、天下の奇書と呼ばれるその研究成果にスポットを当ててみたいと思います。
エルヴェ・ド・サン・ドニ侯爵
エルヴェ・ド・サン・ドニ侯爵は1822年、パリのシェーズ街5番地に生まれました。
代々続く貴族の家柄で何不自由なく育てられましたが、小さい頃は大きな邸宅にひきこもりがちで、孤独を楽しむような少年だったと言われています。
やがて内向的なエルヴェ少年は次第に夢に興味を抱き始めました。
13歳の頃、はっきりとした強い印象がある夢を、起きたとき素早く記録してみたらどんなことになるだろうと考えたそうです。
面白そうな発想だったので、彼はすぐに専用のノートを用意しました。
そのノートに夢の景色や形象、その夢はどんな状況で見ることができたのかという説明も一緒に書き込んだのです。
いわゆる「夢日記」と呼ばれるのがこのノートです。
奇書「夢の操縦法」
こうやって13歳頃から、夢の記録を取り、独自の研究をはじめたエルヴェ侯爵は、ついに1867年に夢研究の成果を出版することになります。
しかし、著者名は「匿名」でした。
当時は夢研究というものは、まだ社会的にも認知度が低く、それどころか何となくいかがわしいと思われていたからです。
エルヴェ侯爵の名はそれ以前に唐詩の翻訳などによって「中国学の権威」として世間に知られていました。
匿名での出版は、苦肉の策だったということでしょう。
ちなみにこの書物の原題は”Les rêves et les moyens de les diriger”といい、日本では現在「夢の操縦法」(国書刊行会)というタイトルで翻訳されています。
この「夢の操縦法」は、フランスでも100年以上入手困難な稀覯本だったそうです。
夢の研究家として有名なフロイトもアンドレ・ブルトンもハヴェロック・エリスも、ついに入手することができなかったといわれているほどのレア本です。
しかし、初版が刊行された1867年からおよそ100年後の1964年(昭和39年)に、新たに美本が刊行されたおかげで、ようやく私たちにも読めるようになりました。
日本では夢研究に注目していた小説家澁澤龍彦は「やっと読めるようになった」とその喜びを書いています。
では、実際に夢をコントロールすることは可能なのでしょうか?
エルヴェ侯爵が行った実験を次に紹介してみます。
夢の操縦法 その1~嗅覚を利用する方法~
エルヴェ侯爵は田舎で二週間ほど過ごそうと、友人の家族のいるフランス南東部のヴィヴァレに行く計画をたてました。
出発前に、侯爵は品揃えのよい香水店に行くと、一番気に入ったものではないけれども、最も厳選されたsui generis(「独特の」という意味)という香水を一壜買い求めました。
数週間を過ごすヴィヴァレに到着するまでこの壜の封は開けませんでした。
その代わりのように、滞在している二週間、他の人の苦情やからかいを無視して、その香水を染み込ませたハンカチを必ずポケットに入れて持ち歩いていたそうです。
滞在が終わって自宅に戻ったエルヴェ侯爵は部屋係の召使いに命じました。
香水sui generisを渡し、「私が熟睡しているときに、その数滴を枕に垂らしない」と言いつけたのです。
召使いは忠実に命令を守り、エルヴェ侯爵は見事、休暇中に出かけたヴィヴァレ滞在の夢を見ることに成功しました。
嗅覚の連鎖を利用したというわけです。
夢の操縦法 その2~聴覚を利用する方法~
舞踏会に出かけたエルヴェ侯爵は、そこで知り合った意中の女性と夢の中で会えるように、ある実験を試みました。
ちょうどこの頃は舞踏の季節で、貴族の館ではよく舞踏会が開かれていたのです。
数人の若い女性がいたので、エルヴェ侯爵は必ず毎晩のように彼女たちと踊りました。
彼の実験はこうです。
まず夢の中で会いたい女性を二人心の中で選びます。
そして他にはない独創的なワルツ二曲もひそかに選びました。
同時に舞踏会の音楽を担当する楽団の指揮者に「私が二人の女性のいずれかと踊る度に、それぞれの女性のために決めておいた曲を必ず演奏するように」と指示しておいたのです。
例えばAという女性と踊るときには必ずBという曲、Cという女性と踊るときには必ずDという曲を流すように、という指示です。
それに加えて、彼は自分が決めたワルツと同じ曲が収録されたオルゴールを購入しました。
舞踏の季節が終わって、音楽も十分侯爵の記憶に刷り込まれ、オルゴールも出来上がりました。
エルヴェ侯爵は、目覚まし時計を購入し、セットされた時刻に目覚ましの音ではなく、オルゴールが鳴るように改良したのです。
この方法を使って、エルヴェ侯爵は、舞踏会で踊った女性たちと夢の中で再会することに成功したのでした。
~奇書「夢の操縦法」で夢をコントロールする~ まとめ
現実のこの世界ではなく、夢のなかで意中の人に再会したいというエルヴェ侯爵の情熱にはどことなく暗さも漂いますが、情熱的でもあるとも言えるでしょう。
実際に会うことになったら、相手が不審に思うこともあるかも知れませんが、これは侯爵の心の中でとどまっています。
このような思いにどうしようもなく心惹かれて、機会があれば、エルヴェ侯爵の夢見の方法にトライしてみたいと思った人もいるのではないでしょうか?