休息万命急急如律令

欧米諸国を訪れると、くしゃみの後に「God bless you」と言われることがあります。
「神様のご加護を」という意味ですが、発した人が病気ならないようにとかける言葉です。
日本語には、該当する表現は無いように思えますが、実は存在すると言ったら信じられますか?

くしゃみの語源から考えてみよう

国語辞典を見てみると、「嚔(くさめ)」という言葉が記されているものがあります。
意味を確認すると「くしゃみ」となっています。
「くさみ→くしゃみ」と2つの言葉を並べてみても、発音に共通点がみられますね。
これが語源だと考えられています。

しかし、この言葉の意味を、さらに詳しくみてみると、別の意味も含まれていることが分かりました。
「くさめ」という言葉が記されている文献を探してみると、平安時代に書かれた『枕草子』に行きあたります。

『枕草子』における「くさめ」の使われ方には、「にくきもの(嫌なもの)~くしゃみをして呪文を口にする人」のようなものがあります。
ハクションとやった後に呪文を口にすることを、くさめと言っていたのだと考えられています。

くしゃみと呪文といえば、欧米諸国で使われる「God bless you」が連想されます。
アメリカやヨーロッパの人の前で、ハクションと発したら、必ずといってよいほど口にしてくれる一言です。
これは、「くしゃみは肉体から魂を飛び出させて、病気を招く」という迷信に由来したものだと言われています。
くしゃみをした人が病気にならないようにと、繰り返されるようになったフレーズが「God bless you」なのです。

「嚔」という語源からは、欧米諸国の迷信のような考え方が、日本の平安時代にも存在していた可能性がうかがえます。
その理由について、詳しく調べてみましょう。

くしゃみの呪文の理由は?

迷信

くしゃみの呪文の理由については、鎌倉時代に書かれた『徒然草』第四十七段に、気になる文章が記されています。

ある人清水へまゐりけるに、老いたる尼の行きつれたりけるが、道すがら、「嚔くさめ、嚔」といひもて行きたれば、「尼御前何事をかくは宣ふぞ」と問ひけれども、應へもせず、猶いひ止まざりけるを、度々とはれて、うち腹だちて、「やゝ、鼻ひたる時、かく呪はねば死ぬるなりと申せば、養ひ君の、比叡の山に兒にておはしますが、たゞ今もや鼻ひ給はんと思へば、かく申すぞかし」と言ひけり。あり難き志なりけんかし。

鎌倉時代の表現そのままなので、少し理解しにくいですね。
現代風に言いかえると、清水寺にお参りにいった人が、「くさめ」という言葉を繰り返しながら歩く、老いた尼と行きあったというものです。

尼が口にした言葉が気になったので、「何をそんなに唱えているのか」と尋ねても、ひたすらに同じ言葉を繰り返していました。
それでもしつこく質問をすると、尼は腹をたてて「子どもがくしゃみをするときに、このまじないを唱えなければ死んでしまうと言います。私がお育てした方が、比叡山にいるのですが、今このときもくしゃみをしているかもしれないので、ひたすら繰り返しているのです」と答えました。

つまり、『徒然草』が書かれた時代には、子どもがくしゃみをしたら、大人が素早く呪文を繰り返さないと死んでしまうという迷信が存在していたことになります。
また、この時代には、くしゃみは「鼻ひ」という表現だったようです。
時代が流れるにつれて、呪文の文言が「くしゃみ」という意味の言葉に転じてしまったのかもしれませんね。

なぜ「くさめ」という呪文だったのか

では、「くさめ」という呪文が生まれた背景には、どのようなものがあるのでしょうか。
じつは、かの有名な陰陽師が関係していると言われています。
「休息万命(くそくまんみょう)・急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)」という、陰陽師の呪文が、「くさめ」という言葉に短縮されたものだという説が、現在のところ有力です。

仏陀から続くありがたい呪文

「休息万命」は長寿を示すインドの梵語から来ています。
また、「急急如律令」には、急ぎ法律の定めるとおりに行えという意味が含まれています。

「くそくまんみょう~」を早口で何度も繰り返すと、「くさめ」に近い音になりそうですね。
陰陽道でも、欧米諸国の迷信と同じように、くしゃみをすると魂が飛び出ると考えられていたようです。
しかも、数が増えるごとに寿命が減ると信じられていたので、すばやく呪文を繰り返して、災いを避けたいという気持ちがあったのかもしれません。

実際に、「休息万命」の由来だと考えられている、インドの仏教の規律を記した『四分律』には、仏陀がくしゃみをした後に弟子たちが「クサンメ」と繰り返していたとあるようです。
仏陀の時代から続く呪文だと考えると、有り難みが増しますね。

江戸時代に呪文が民間化

仏陀から続く、ありがたい呪文だった「くそくまんみょう~」ですが、江戸時代には面白い形で民間化しています。
一般に広まるうちに、いつのまに「休産命(クサメ)」というフレーズに転じていき、さらに「休息良恵(クソクラヘ)」に変わっていきました。

最終的には、「クソクラヘ」を、「糞食らえ」の意味で捉える民間人が続出し、一般庶民の間では、子どもがくしゃみをしたあとに「糞食らえ」と繰り返すようになったそうです。
邪気を祓うために、鰯の頭のようにニオイの強いものを供える習慣があったので、糞という言葉に結びついたのかもしれません。

ちなみに、上流階級の人々は「休息万命」を「徳万歳」という形にアレンジしていました。
「徳万歳」も、長寿を表す意味を持つ「常若に御万歳」を短縮したものだとされています。
上流階級と一般庶民の間では、文言の上品さに、大きな隔たりがあったことが分かります。

くしゃみの呪文を繰り返すという習慣は、庶民の間でも、上流階級の間でも明治時代までは残っていたようです。
医療が高度に発達した現代では、昔ほどの脅威は失われてしまったということなのでしょうか。
一般の間で広がった「糞食らえ」は、単純に頻繁に口にしにくいフレーズだったから、廃れた可能性がありますけどね。

くしゃみの脅威

くしゃみをすると魂が飛び出すという考えは、欧米諸国や陰陽道の考えだけではありませんでした。
くしゃみと聞くと、風邪や黒死病(ペスト)など、昔から多くの死者を出してきた病気が連想されます。

実際に、1918年から1919年にかけて世界中で大流行したスペイン風邪では、推定2500万人の犠牲者が出たと言われています。
また、14世紀に流行したペストでは、推定5000万人もの犠牲者が出たとされています。

歴史の中で、多くの死者を出してきた病気に関連するだけに、世界各地で昔から「魂が飛び出す」と信じられてきたのでしょう。
世界中に散見する、くしゃみの呪文について見てみましょう。

ポリネシア神話の「ahua」

ポリネシア神話では、くしゃみによって飛び出るものは、命だと考えられています。
創造神であるティキが、泥人形を作っている際にくしゃみをしたことで、人間が生まれたと信じられています。

最初の人間は、「Tiki-ahua(創造神ティキに似た者)」と呼ばれました。
興味深いことに、「ahua」は、くしゃみの擬音語でもあります。
あくびのような音のようにも思えますね。
あくびも、同様の性質を持つものとして受け止められていました。
そのため、あくびをするときに口に手をあてるのは、魂を外に出さないためだとも言われています。

韓国の「エイチ」

韓国では、近親者がくしゃみをすると「エイチ」という言葉をかけます。
日本語の「お大事に近い表現ですが、こちらは発するときの擬音語から来ているとされています。
たしかに、そんな音に聞こえることもありそうですね。

ちなみに、日本語の「くしゃみ」も、擬音語から転じたという説があります。
同じアジアなので、共通している部分があるのかもしれません。

スペインの「salud」

スペインでは、くしゃみの後に「salud」または「Jesus」と声かけをします。
親しい人限定というわけではなく、道ですれ違っただけの相手にも使用可能です。
「salud」は、日本語に翻訳すると「健康」、「Jesus」は「イエス(キリスト)」という意味を持ちます。

誰にでも声かけをするようになった背景には、6世紀におこった第一回目のペストのパンデミックにありました。
ヨーロッパで猛威を奮ったことから、くしゃみの後に「salud」または「Jesus」と声掛けをすることで、場を浄化し、ペストを防ぐと信じられていました。
感染率が高かったため、くしゃみをした者全員に声かけをすることで、予防しようといたのかもしれません。

沖縄の「クスクェー」

沖縄は、日本で唯一、くしゃみの後の声かけが残っている地域です。
海外に出た日本人は、高確率で「God bless you」にあたる日本語は何かと、質問されるそうです。
多くは「お大事に」または「該当する言葉がない」と答えるしかないようですが、これからは沖縄の「クスクェー」を紹介すると良いかもしれません。

ただし、沖縄の表現は、江戸時代に「休息万命」が民間化した「糞食らえ」が由来となっています。
本州の方から伝わり、沖縄のなまりが影響して現在の形になりました。
この地域では、呪文を繰り返さなければ「死者に連れ去られる」「豚の化物に竹で鼻を突かれる」という言い伝えが残っています。
民話の形で語り継がれているので、ご紹介したいと思います。

クスクェーの由来となる民話

ある日、山戸という百姓が、墓地の近くを通りかかったところ、赤ん坊の声を聞きつけました。
気になって、墓地の方を覗くと、一匹の黒猫が赤ん坊の泣き真似をしているところでした。

黒猫のそばには亡霊が浮かんでおり、明日の夜に野底家の石垣の上で赤ん坊の泣き真似をするように命令しています。
赤ん坊が三回くしゃみを繰り返すまで、黒猫が泣きまねを続ければ、魂は抜け出し、死ぬことになるというのです。

山戸がなおも聞いていると、亡霊はさらに話を続けます。
そして、赤ん坊がくしゃみをするたびに「クスクェー」と繰り返せば助けられることを知るのです。
見て見ぬふりができなかった山戸は、翌日の晩に、野底家まで赴きます。

すると、どこからか黒猫が現れて、石垣の上で赤ん坊の泣き真似を始めました。
家の中の赤ん坊は、亡霊が行ったとおりにくしゃみをします。
山戸は、赤ん坊がくしゃみをするたびに「クスクェー」と繰り返しました。
そのかいあってか、赤ん坊は生き長らえ、黒猫は悔しそうに立ち去っていきました。

赤ん坊を助けることができた山戸が、墓地で知った話を野底家の人に伝えたところ、大いに感謝され、厚くもてなされたといいます。
この出来事があって以来、沖縄では赤ん坊がくしゃみをするたびに「クスクェー」と繰り返すようになったといいます。

日本のくしゃみの後の声かけ

日本を訪れた欧米諸国の人々は「God bless you」に該当する日本語がないことに驚くと言います。
日本でも明治時代までは、子ども限定ではありますが、同じような風習が残っていました。
沖縄県意外の地域で、廃れてしまった理由には、いったい何があるのでしょうか。
医療の発達や、生活環境の向上といった理由が考えられますね。

しかし、くしゃみの語源が「くさめ」つまり「くそくまんみょう」にあるのだとすれば、言霊という概念が生き残っているとも捉えられます。
「くそくまんみょう」が「くさめ」という言葉に転じ、現在では「くしゃみ」という言葉そのものが、呪文のような力を有しているのかもしれません。

くしゃみの後に声かけをするという習慣こそ無くなってしまったものの、一番大切な言霊だけは、生き残っていると考えられるのではないでしょうか。

休息万命急急如律令|くしゃみは呪文だったのか まとめ

くしゃみから魂が飛び出る説は、国や地域をまたいで、共通しているんですね。
かつては日本でも、くしゃみの後の声かけが日常だったことがあったとは驚きです。

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