日本各地には文化遺産である城が多数残っています。
城建築のために、工事の安全祈願のための犠牲=人柱を立てた、職人に仕事をさせるため家族を人質に取った、人手不足解消のため罪人に過酷な労働させたなど数多くのエピソードが残されています。
天才と呼ばれる建築士もこの時代に多く現れました。
ここでは、天才と呼ばれた伝説の石職人について紹介します。
石職人 羽坂重三郎
豊臣秀吉亡き後の大坂を徳川の勢力がじわじわと包囲しつつあった慶長2年(1597年)、讃岐(現在の愛媛県)の丸亀城の城主は生駒親正といい、豊臣家から重用されていた人物でした。
※肖像画は生駒親正
天下の情勢に不穏さを感じていた彼は城を建てることにしました。
城にはまず高い石垣が組まれたのです。
当然、敵の侵入を防ぐためのものであり、大坂城の例をひくまでもなく、水を満々と湛えた深い堀や、高い石垣を備え、敵を防ぐのが城の役割でした。
この石垣を組んだのが、当時石垣作りの名人と言われた羽坂重三郎という石職人でした。
ある日、建設中の城を城主が視察に来ました。
現在も残る石垣は、「扇の勾配」と称され、美しい曲線が観光客の人気となっているそうです。
その堂々たる石垣を見た生駒親正はたいへん満足しました。
そして「あっぱれ、すばらしい石垣じゃ、この石垣を乗り越えられるのは鳥くらいのものじゃろう」と口にしたそうです。
するとそこに居合わせた石職人の羽坂重三郎は、自身が設計した石垣だからこそ、継ぎ目も大きさも組み方の法則もわかっているが故に、つい
「いえいえ、私なら30センチほどの鉄の棒1本で登ってごらんにいれます」
と言ってしまったのです。
そしてその言葉通り、彼は一本の鉄の棒をあちこちの隙間に差し込んでは、あっさりとものの見事に石垣を登りきったのでした。
降りるときも苦労なしに簡単に降りてきました。
「大したものじゃ」城の石垣は簡単に登れないように造るのが基本です。
創作者とは言え、この羽坂重三郎の技には城主もたいそう感心したそうです。
生駒親正の不安
それから数日後の夜中。
床についていた重三郎のもとに、城からの使者が訪ねてきました。
なんでも「城にくせ者が侵入し、みなで探しているがどうしても見つからない。怪しい場所といえば、二の丸の井戸だけだが、あそこは深くて誰も入ることが出来ない」
と困り果てて、石職人の羽坂重三郎に頼もうと訪問したのだということでした。
重三郎は、自分が石垣を登りきった技術を見込んでお殿様が頼ってくださったと思い、喜び勇んですぐさま城に向かいました。
彼は問題の二の丸の井戸に軽々と降りていきました。
ところが、底に到達したとき上から大きな石が次々と井戸の底めがけて投げ込まれてきたのです。
底にいた重三郎は、何が起こっているのか、状況を理解できないまま石当たって亡くなってしまいました。
実は、この命令を下したのは城主である生駒親正だったのです。
自分の目の前で石垣を登っていった重三郎のすごい技、あの技術が敵に回ったら自分が危ないのではという不安から、律儀な石職人を殺してしまおうと決め、部下に殺害を命じたのでした。
石職人の霊
優れた技量を敵に渡す心配が無くなった城主は安心し、しばらくは平穏な日々か過ぎていたのですが、日が経つにつれて城の中には妙な噂が流れるようになりました。
「二の丸井戸で水の音が聞こえたぞ」
「いや、あそこは石を投げ込んだし、干上がってるから、水はないし、音がするわけない」
「俺はあの井戸の周りで昼間なのに青白い炎が上がってるのを見た」
などという家臣が後をたたず、不気味だと一人として井戸には近づかなくなってしまったのです。
噂を聞いた生駒親正も身に覚えのあることですから、さすがにおびえ、恐怖の夜が続いたそうです。
そんな日が続いたある日、城主が夜中にふと目を覚ますと誰かが上から自分の顔を覗き込んでいたのです。
驚いてよくよく見ると、それは血まみれの羽坂重三郎であったと言います。
恐怖で口もきけない主君に対し、羽坂重三郎の霊は
「殿様、井戸の中には怪しい人間はおりません」
と言上したそうです。
この話は恐怖話としても知られていますが、幽霊になってまで自分を殺した城主のために働いたという、奉公人の鑑とも言える健気な石職人の話でもあると思います。
羽坂重三郎~丸亀城主に殺されてなお主君のために働いた石職人の霊~ まとめ
自分の技量に自信のあった石職人羽坂重三郎。
彼はしてはならないことをしてしまいました。
主君生駒親正は、彼の技術を認めてはいたものの、不安に駆られ殺してしまいました。
何のとがめもない部下を殺してしまったという罪の意識から、羽坂重三郎の幽霊出現という霊現象が起こったのでしょう。
あるいは主君の行動に疑問を感じてはいたが、口にできない家臣達の中にも同じような意識があったのではないでしょうか?
「能ある鷹は爪を隠す」という言葉の通り、技術をひけらかすと命取りになることがあるという戒めかも知れません。